ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

ザクザクタラッリーニ

群馬県の地粉を使ってタラッリーニを作った。

以前、市販のを食べて気に入ったから自分でも作ってみたかったんだよな。

 

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地粉にオリーブオイルと白ワイン、塩を加えて20分くらい捏ねて、30分くらい放置しておく。

半分はプレーンで、もう半分は粗びき黒こしょうを混ぜた。フェンネルシードやドライトマト、レモンの皮摩り下ろしとかを入れるとリッチな味わいになる。

30分くらい放置した生地を小分けして丸めて、手の幅くらいの長さに伸ばして輪にする。

鍋に湯を沸かして水面に浮いてくるまで茹でてから200℃のオーブンで30分くらい焼いた。

 

プレッツェルよりはオイルのコクがあって、リッツクラッカーよりは食感がガリガリ、ザクザクしてる。

コレうまいな…粉とオリーブオイルと塩と白ワインを混ぜただけなのに噛めば噛むほど止まらない。お酒飲むときにちょっとあると嬉しいやつだ。スープと一緒に食べてもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

振り子の位置

一昨日は職場の忘年会で自分は幹事をした。

人数はそれほど集まらなかったけれど、当日は会場のメニューや雰囲気を気に入って貰えて評判はよかったし、普段の皆んなの印象とは違う表情やリアクションを見せてもらえて面白かった。

 

多分、自分が「忘年会と大掃除、ちゃんと今年はやりましょうよ!」と声を上げなかったら、例年通り掃除も飲み会もなく、対応に追われた仕事をするだけで今年も終わってたと思う。

個人的には、そのまま例年通り平凡に一日が終わっても、それはそれで構わなかったんだけど、誰かの一日がメリハリついてウキウキしたり、たのしみに思って過ごしてもらえたのが、よーし。って感じる。

でも、自分自身がそれで楽しめたか?と言われるとそうではない。ここら辺の感覚は、何年も前から抱いてるんだけど、周りが楽しめてるのは嬉しいけど、自分はたいして楽しくないことって、ある。けっこうある。嫌なわけではない。ただ自分自身が楽しいと感じる位置にいないだけだ。振り子が大きく揺れないだけだ。

 

 

今日はおやつにシナモンペーストを巻いたスコーンを作った。寒くなるとシナモン系のお菓子が食べたくなる。

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ココナッツファインと国産薄力粉と強力粉、ベーキングパウダー、塩を混ぜて、オリーブオイルを入れてそぼろ状にしたら、豆乳を加えてスコーン生地を作る。

麺棒で伸ばしてシナモンパウダーと甜菜糖ナツメグパウダーを振りかけてくるくる巻いてカットしてオーブンで焼く。

刻んだ煮りんごとか胡桃とか、チョコレートペーストを入れても良さそうだ。

 

休みの間は、お菓子作りで遊ぼうと思ってるけど、これも何年か前より感情の振り子の動きが鈍くなってきてる。

ハチドリを探した

労働ばかりで疲れをためないように早めに寝るてるけど、そうかと言ってなにもしないで寝るのもつまらんな、とGoogleマップで遊んでから寝る。

 

ペルーのナスカ地上絵のハチドリを探してみたり、チベットポタラ宮を真上から眺めたり、ギザの三大ピラミッドの大きさに唸ったり、青い海に浮かぶマダガスカル島やインドのタージマハールや万里の長城の長ーい路だとかを見る。都市とゆーか、例えば北京の故宮を中心にして方眼紙みたいに街が並んでるのとか、放射状に路ができてるのを見るとき、おもしろみを感じる。

地球の丸みを帯びるくらいにもうちょっと縮小して、太陽の光が当たる昼の国と影になってる夜の国と、その境目にある国とかをみるのも面白く感じる。

南極の真っ白な部分は何処まで拡大しても真っ白な画像しか出てこないし、大海や山脈や平原にぽつぽつ点在する雲と雲の影がかわいいなー、って感じる。

 

ここまで俯瞰すると、自分や知り合いが住んでる「此処ここ」に実感がわかない。

でも、自分や知り合いが住んでる此処にまで拡大してから再び上空にピントを変えていくと確かに存在してるし、繋がってるし、同じものなんだって感じる。よーし。って安心する。

 

何ヶ月か前に会社の別部署のかたに「ゆうがたヨクサルさんは俯瞰し過ぎて周りの人たちのことがみえてない。」と言われた。

今現在の自分の、行的なカリキュラムとしてその方向性はあってるからそれでいいんだけど、そのときの近くだったり遠くだったりしてるどの立場や場面や発言で、思惑の異なるそれぞれがどう感じれるか?ってことだから「あー、そうですかー。そうなんですねー。」って反応になるよ。ひらっとかわせるし、柔らかく受け止めることもできる。

 

気分よくする

質量ともに手早く作業を片付けてる毎日を過ごしてる。ねんまつねー。とか思いながらせかせかした流れの中にいると、単調で味気ない気持ちになる。つまんないなぁ。

 

今朝は昼のお弁当用のスコーンを焼いている間に、お湯飲みながら休憩した。

お湯の注がれたデュラレックスのコップを手で持ってるうちに「久しぶりに氣でも流そーかー。」ってふと思って、コップを両手で持ったまま呼吸法を三回くらいする。

そんでお湯飲んでみると、お湯は重たくて丸っこい味とゆーか舌触りになってるのだ。

 

わはははははは〜っ‼︎

こーやって遊んで飲むとき、いつも笑いが勝手にこみ上げる。単調でせかせかした流れの中で、自分で自分を面白くて楽しい状態に変化することができる。

 

 

 

 

 

5年

古式マスターヨーガを教わってから、今日でまる5年が経った。

5年前の夜の自分を思い出して眺めてみると、なんだかとても楽しそうなので、思い切って参加してよかったねー!と声を掛けてあげたくなる。

面倒くさがりで怠け者の自分が今まで続けてこれたのは、古式マスターヨーガと内丹法が単に面白いからなんだけど、周りの人達との様々な縁で進めてこれたところもある。

自分の弱点である部分に向き合えたり実行できたのは、周りの人たちからヒントや勇気や教訓をもらえたからだ。

 

人びとだけではなくて、身の回りのものや出来事や、きれいな絵や物語や工芸品や、動物とか空とか季節とか、食べものや飲みもの、カルチャーや音楽や映像、その他いろんなところから、いろんなことを教わってきた。

 

あっとゆーまだった感じもするし、たった5年しか経ってないのか。って感じもする。

あの当時の自分が、もしいまの自分をみたらどんなリアクションをするのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

コツコツにばん

いくつかのやることがなかなか片付かない。

スッキリしたくて、普段よりモリモリ動いてるのに片付くどころか増えてく。

こんなとき、どうしても気持ちは焦りそうになるし、その気持ちから逃れたいから誰かや何かのせいにしてみたり、見なかったことにしそうになる。

 

でも、これはひっかけ問題というか、巧妙な罠なのだ。ここにハマるとやっかいで面倒な自分になっちゃう。こうありたい、なりたい自分の振る舞いからどんどん逸れてしまう。

 

そうなりたくないから今は、呼吸法しながら2番をまわして踏ん張る。退陰符でお腹に落とし込む。1つずつやれるだけのことしてくしかないからな。

 

呼吸法でできること

飯田橋で開催する今年最後の東京気塾に行ってきた。向かう電車の中で、内丹法の呼吸→陰の呼吸法→退陰符→最近教わったやりかたの退陰符の練習をした。これやると胴体内がまるで真空になるような感覚になる。

 

開始前に今回の参加者の皆さんから、何かやりたい練習はあるか質問してみたんだけど、特になさそうだったのでいつものようにペアを組んでフリースタイルのトンレンを練習した。

あるペアは初対面同士だったので、名刺代わりに氣を送ったり、またある3人組は呼吸法で氣を発してる人、抑えた人を当てる練習をなさっていた。

その間にも木村先生は1人ずつ呼んで個人セッションをなさるので、じぶんは隅っこでチェックしつつ、全体の進行をみていた。

 

途中で休憩を挟みつつ、ペアを交替してはトンレンをする。呼吸法で氣を発電して、それを相手に送る。送ると再び戻ってくる。それを繰り返してると自分と相手との間でひとつの循環、流れができる。

流れてるから自分の氣が戻ってくるときに、相手の氣(想い、状態)も入ってくる。相手の氣を受けて、どんな感じがするかを述べていく。何人も交替して練習することで精度をあげ、共通してる部分や違いなどカテゴリやパターンとして分かっていく。言葉にでない気持ちや状態を受け取り、より深く相手を理解していく。

 

年末にむけて気力体力、なにかと溜め込むし消費しやすい時期だから、以前木村先生から教わった「背中のコリをほぐす呼吸法」をするといいんじゃないか?と思って皆んなでやってみた。

立って腕を前に突き出して内側に捻りながら吸気→吐きながら前に倒していくと背中から溜まった氣が出る。溜まってればそのぶんプワーって出る。

何度かやってから、ペアを組んだ片方の人がその動作をして、もう片方の人は右手センサーで背中から出てる氣を体感する。皆んな楽しそうにワイワイ練習してくれた。

それからそのペア同士でまたトンレンの練習をした。

 

自分がペアを組んだかたから「他にも呼吸法でできるやりかたあったら知りたい。」とリクエストあったので肩凝ってるとき抜くやつとか、胃がムカムカするときやるやつとか、エクササイズ的なものとか、手のツボ押しながら呼吸法するやつとか色々と説明しながら一緒に練習した。これも熱心にノート取って喜んで下さった。

「氣は張ったところから出る」「吸気で取り込んで吐気で排出する」から、そのルールに則って体と呼吸法を使えばいいのだ。

自分の場合は、単に説明してやってもらうんじゃなくで、そのルールに則ってご自身でどんな動きだとどうなるか?をどんどん試してもらいたい。試してどんな感じだったか、どーなったか?をまたいつか教えてもらえたらすごく嬉しい。

 

会場の部屋に入ったらくしゃみが出で鼻かんでばっかりの人がいたから、そのかたには「鼻の炎症を和らげてスッと楽になる呼吸法」を説明した。何度か一緒に繰り返し練習するうちに「あっ⁈さっきよりスッとしてきた!」とおっしゃって下さった。このかたは声楽を学んでいらっしゃるので、鼻の通りがスッと楽になるのはいいんじゃないかなぁ。と思った。

 

古式マスターヨーガの1段目7番チャクラを練習中の女性とトンレンしたときは「呼吸法で意識をフラットにしていくやりかた」と、内観瞑想に入るアウトラインを説明して一緒に練習した。

個人的には「自分トンレン」って呼んでるんだけど、段階を踏んで徐々に出来るようになってくると、どんな変化、気付きや体感が生じるかを話した。今回やってみたとき「自分の中で、じぶんのこと拒否されてる感じがした。」とおっしゃってたけど、それでいいんです。そのことを体感できたことがとっても大事なわけで、少しずつ自分と仲良くなっていけばいいんです。「魂は嘘を見抜くし、嘘をつけない」から自分が本当に素直になればいいのだ。

 

今後、2段目の内丹法を学んで行くと氣の出力も増すから、そのぶん精神の制御も必要になる。彼女にとって自己を調整したり知ってくためのヒントになればいいなぁ。と思った。

それぞれの流派によって違うけど、気塾において「三宝さんぽう」は「氣、精、神」と呼ばれている。呼吸法で莫大な気力を養生していく。気が大きくなるんだからそのぶん、精神の安定も必要になって自身で制御していく。気力と精神が増えて制御できてくると余裕が生まれて、こーするとこーなる。という経験的な智(識神)が生じる。分かってきたことから更に別の疑問やお題がでてきて、また気力、精神が必要になる。

こうやってぐーるぐーると使っては養生したり制御したり分かってくを繰り返すことで「自己の器」のふちが足されていくから器は少しずつ大きくなっていく。

 

 

こんな感じで、後半は自分が今まで教わってやってきた事を説明したり一緒に練習した。少しは役に立ったかなぁ。

前半はおとなしく控えめに練習してたけど、後半になったら皆さん自主的に色んなところで自由に練習なさっておられて会場の活気がいい感じだった。

今年の東京気塾はこれでおしまい。皆さんと一緒に練習することができて嬉しかったです。ありがとうございました。