ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

練りゴマさん

先日、水晶Kさんとお会いした際に「白練りゴマ」の話題になった。

黒胡麻も香ばしくて美味しいんだけど、自分は白練りゴマを使う頻度が高い。

f:id:yuugataJoxaren:20170410210646j:image

たいていこの瓶詰めを2、3個ストックしてる。

開封直後は、透明の胡麻油と白胡麻の粒子が上下に分離してるから、先ずは丹念にスプーンでかき混ぜて均一な状態に下準備をする。

コレが凄〜く固くて、手は疲れるし、かき混ぜるのに時間がかかる。早く済ませたくて焦るとこぼしちゃうし、変な塊が残ってしまうから、じっと根気よくひたすらかき混ぜる。

いったん均一な状態になると、当分は分離してこない。

 

よく使うやり方は、醤油と白練りゴマを1:1で混ぜて、茹でた菜っ葉とか、千切りの人参とか海藻のサラダだとかに混ぜて食べる。

豆腐にかけてもいいし、煮込んだ野菜スープの味付けにも使う。茹でた麺にあえても旨い。

暑い時は、醤油と白練りゴマと白ワインビネガーもしくはレモン汁を混ぜて使ったりもする。

 

ささがきごぼうをさっと茹でて、とうもろこしと、紫蘇と白練りゴマと醤油を混ぜて食べると凄〜く美味しい。ファンタジックな味がする(←個人的感想です)。菜食を始めた頃に、ベジカフェで食べたランチの前菜で、ライスペーパーに包まれたやつを食べたとき、びっくりした。

こんな食べ方があるんだ!ってびっくりした。それ以来、白練りゴマが気になりだして、色々と買ってみたり試しているうちに常備する食材になった。

 

クッキーを作るときに、白練りゴマを入れたり、アイスクリームに垂らしたり、メープルシロップと白練りゴマを混ぜてパンに塗って食べたりもする。ピーナッツバターみたいな感じで使う。

 

「タヒニ」とゆー、生の白胡麻のペーストを使ったひよこ豆のフムスも美味しい。

白練りゴマは煎ったものをペーストにしてるから、それぞれ風味が違う。

どっちを買ったとしても、かき混ぜるのは根気よくやる。

コレぐらい固くて、それでいて均一な状態になれば滑らかで、流動的で、粒子が細かい、そんな感じの氣質になりたいなぁ。とか考えながらかき混ぜてる。

 

同じ単位で

昨日も今日も、雨が降ってる。洗濯物はロープに直接干す派のゆうがたヨクサルです。

f:id:yuugataJoxaren:20170409161004j:image

布団や洗濯物は干せないけど、音が聞こえないくらいに、シトシト静かに降ったり止んだりするタイプの雨降りは好きだ。

こーゆーときは手のひらの氣の体感も分かりやすいし、潤っていて呼吸するのも気持ちいい。

 

ベランダの窓の手前に椅子を置いて、座って呼吸法の練習をする。

足周りと手のひらはズーンと重みがあって、細かくピリピリしてる。

メインの気脈(スシュムナー)を通る氣は滑らかで、思う位置にちゃんと移動してくれる。

 

台所の換気のファンだけが「ボワーッ」と鳴っていて、外は自動車がたまーに通るときに「シャーッ」ってタイヤと路面の接する音が聞こえる。ここは三階の部屋だから、隣家の屋根や電線が目線の先に見える。

屋根のアンテナや電柱の先に、小さい鳥が休んでいて、時々鳴き声がする。

それ以外は出歩く人も居なくて、家々の窓も閉まってるから、凄〜く静かだ。はー、気持ちがスッキリするなぁ。

 

薄ら寒いのと、湿気と、曇り空の暗さとゆーのは、どんな季節でも人の気持ちを暗くするものだと勝手に思っていたけれど、呼吸法を練習するようになってからは随分と印象が変わった。この静かな空間で、ひとり静かに楽しくなってる自分がいる。

 

呼吸法による自らの手足の氣の体感と、外の空気やものの気配とが、なんとゆーか同じ単位のサイズ感になっていて、同じだなぁー。と感覚で掴む瞬間があって、面白くて、嬉しくなる。

そのあとすぐに、こんな事で喜んで子供かよ、って自分で突っ込みが入るんたけど、いや、コレは凄〜くいい遊びだ。と、また静かに呼吸法の練習を続ける。

 

退陰符でギューギュー押し込んで氣を下に詰めるやりかたも、先週末からヒントが出てきてやってみてる。

爺さんと娘さん

神戸にお住まいの「水晶K」さんが、日曜日まで都内にいらっしゃっるとゆーことで、お誘いを受けて横浜駅で晩御飯を食べた。

食べながら普段の食生活の話をしているなかで、「凄〜く疲れるとジャンクなお菓子が食べたくなる。そーゆーときは我慢しないで食べる。」って話題になり、ある輸入菓子がお互いに好物だと判明して盛り上がり、箸を置いて握手する。

 

水晶Kさんは、小柄な体型からは想像つかないほどの行動量と気力をお持ちで、はたから見ていても凄いなぁ!と尊敬する。

お会いする度にキラキラした笑顔をなさっておられる。自分がのんびりしたお爺さんだとしたら、水晶Kさんはまるで働き者の頼もしい娘さんのようだ。

 

食事を終えて、地下街の広場のベンチで色々と話を聞いているうちに、自分の意識が薄まり、ある感覚のサインが始まる。

トンレンの状態にしては、いつもと少しだけ何かが違う。

コレは水晶Kさんのものなのか、それとも自分のものなのか、区別がつかない。いつもなら大体どっちのものなのか分かるのになぁ。

話し声は聞こえてるし、言ってる意味も分かってるんだけど、別のものが間に挟まる。これ、なんだろう?その状態は、2分ほどで消えてしまった。

 

帰り間際に「仙太郎」さんのお饅頭をいただいた。わーいわーい‼︎

f:id:yuugataJoxaren:20170407235136j:image

 神奈川県以外の、ましてや関西に住んでるかたとこーやってご飯食べたり、色んな話をしたり聞いたりするなんて、昔の自分が知ったら信じられない!って言うだろうな。

でも昔の自分の延長線上に、今の自分がいて、これからの自分もそのまた延長線上にあると思うと、なんかちょっと不思議なようでもあるし、そーだったからこーなった。って当然なようでもあるし、面白いなぁ。とお饅頭を食べながら思った。

水晶Kさん、いつもありがとうございます。

 

 

お腹にしまう

さっきまで木村先生の遠隔レッスンをskypeで受けていた。

現在練習をしている呼吸法は、氣の立ち上がりが速いぶん、降ろすときに難易度も高くなっている。

skypeの向こうから先生の声がする。「もっとしっかりお腹におろし込んでーっ!」「はいっ!」

上へと上がろうとする自分の氣が、降ろすたびにヤカンの水が沸騰する直前みたいに、グツグツしてるのが分かる。

今までの、「リラックスするための退陰符」とゆーよりも、「加工するための退陰符」って感じで、なんか職人の作業に近い。

 

コレがしっかりできないと、なにがよくないか?とか、コレがしっかりできてくると、今後のなにに繋がるのか?を教えて貰って、気持ちも引き締まる。

6番チャクラの練習も、普段の生活で実践していくのも、同時進行だから色々と観察、内省する事が多い。

自己コントロールを常に試される日々は、凄〜くありがたい。

 

梅の実萌え

自分の住む地域の桜も咲いてきた。

朝、電車を待つ間にホームから見える桜の木(さくら先生って呼んでる)と、いつもトンレンの練習をしているんだけど、さくら先生の枝にもポツポツと咲いてきた。

 

この時期になると、花を見ることも多くなるけど、なんと言っても自分は「梅の実」に萌えてる。

梅の花が咲いていた部分を、よーく、よーく見ると、赤と緑のグラデーションの小さな実がなってる。コレが、すっごく可愛いい。

 

毎日、駅に歩いてる途中に、梅の木があるから、少しずつ大きくなっていくのを観察する。本当に少しずつ、大きくなる様子に気づけてるのが面白い。

昨日と今日とでは、ほとんど変化がないようにみえるんだけど、3日ぐらい経つと、なんか大きくなってるなぁー。凄いなぁー。と思う。「継続のお手本」みたいに思ってる。

 

爪や髪の毛なんかも、昨日と今日とでは、ほとんど変化がないようにみえるんだけど、どこかの時点で伸びてきたのに気づく。

呼吸法の練習や、トンレンの練習も、昨日と今日とでは、ほとんど違いがないようにも感じるんだけど、コツコツやってると、やっぱり変化してくる。どこかの時点で、あれ?いつもと違う!って気づけると、面白いし、原動力になる。

 

 

 

 

 

 

給湯室でシャワー

職場の掃除を終えて、給湯室で雑巾を洗っていたら、新人パートさんの女性がニコニコしながら自分を探して給湯室にやって来た。

「あ!居たいた!ゆうがたヨクサルさーん!」

丁寧に折りたたんだチラシを持っていて、自分に広げて見せてくれた。

先日、彼女と雑談をしてるときに、お住いの地域に自分が行ったベジカフェがあることを話したら興味を持って下さったようで、休日に行ってきたらしい。

 

彼女にとって、白砂糖や卵や乳製品を使わないお菓子や、植物性の食事が出来るお店は初めての経験で、とても楽しかったそうだ。

その楽しかった気持ちを、自分に話したくてたまらない!って感じで、彼女の氣が自分に向かってシャワーみたいに当たる。

狭い給湯室は、自分と彼女のニコニコの気配で一杯になる。

 

嬉しいなぁ。よかったですね〜!

朝からいいトンレンができた。

 

 

 

 

間に身を置く

・図書館に行って予約していた本を借りてきたので、酒粕クッキーを食べながら読んだ。

f:id:yuugataJoxaren:20170402162920j:image

面白そうだから枝のように細長く切って焼いてみたんだけど、強度が弱いから時々ポキッと折れてしまう。いつものようなクッキーの形なら、こんな問題は起こらない。

味はいつも通り旨いし、食べやすい形ではあるが、強度って事まで考慮してなかったな。「おやつを食べる」面白さとか楽しさってのは、いつも考えさせられることがある。

 

今まで培ったもので、ちょっと変化させて何かに挑むとき、「その強度は保てるのか?」を自分は考慮しているだろうか。

折れないように、加減調整したり考慮しているだろうか。無理してないか?

そこに「じゃあ調整はこんな感じでやろう。」と思いがあるとき、凄〜く愉しい。そーゆーときは眼が覚めてる。

 

・勢いだけに任せて、考慮も浅く大雑把なままで、右から左に渡すだけでは間にいる成長や意味がない。渡されたい側からすれば、やがては間を通さなくてもいい手段を考え始めるだろう。

はたして「間に身を置く自分」は、右と左のどちらにも有用だろうか。いつもこの事を意識する。