ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

言葉と意味

昨日は職場に海外からお客様が視察にいらした。

自分がやってる業務について説明したり、実際にやってる所を見てもらったり、こちらから質問したかったことを話したりを、日本語、英語、時々中国語などに訳されて戻ってきたりするところは、トンレンみたいだなぁー。と面白くなった。言葉が訳されてく途中の雰囲気とか、意味が伝わる瞬間の「ああ〜、そうなんだー、なるほど〜。」ってなる感じは、やっぱりトンレンみたいだな。

 

海外のお客様と同行なさってたかたから「ゆうがたヨクサルさんは、海外旅行とか行ったりするんですかー?」って突然質問された。

むかしオランダとベルギー、ハワイ旅行しましたよ。と答えた。「中国とか興味ありますかー?」の質問に対して「中国、いいですねー、きこうとかふーどはどんな感じかなー⁉︎って思ったりします。」と答えた。

 

あー、いいですねー。と和やかに会話したけどさ、自分が言ったのが本当は、気功とベジフードで、且つ大陸の場の気配はどんな感じかトンレンしてみたいだってことだとは思わないよな、サラッと言っちゃったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余暇の意識

休日で家にいるだけの時はとても嬉しい。

掃除とか雑用を済ませて、やることなくなったらおにぎり食べたり作ったおやつを好きなだけ食べて、ちょっと眠くなったらそのまま五体投地なみに突っ伏してゴロゴロ寝っ転がったりできる。部屋の真ん中とか、すっごく端っこの壁とか玄関近くの床だとか寝っ転がって、そこから見える景色は、自分のいつもの部屋なのに、いつもの見え方とは全然違う。

 

文庫本を読みたければ読んで、途中で好きなだけページを戻ったり、止めたり出来るのもすごく幸せだ。

ダラダラゆっくりできることを貴重な時間だって思ってる。

 

そんなときに、結構な確率で胸の奥がチラチラ騒いでるって気づいたりする。

4番チャクラの奥のなんとなく集まってる塊の、どっかしらが、チラチラとゆーか、ムニャムニャとゆーか、サワサワすることがある。

大抵の場合そのときとても眠くなってる。

うたた寝する間際とゆーか、いつ寝ても大丈夫でーす。ってぐらいの意識レベルになってる。自分はこの時間が大好きだ。いい練習になるし、なんでこんな感じになったのか?を考えられて、しかも休日だから好きなだけできる。

 

おやつ食べるのとか、本読みとか、転がるのだとかを中断して、サワサワしてる部位に意識をフォーカスしていく。

意識をフォーカスってどんなふうにしてるのか?ってゆーと、自分の場合は対象に向けて手を伸ばして触るかんじ。

例えば、背中が痒くなったとして、自分には背中が見えないけど、腕をひねって痒い位置に指先だとかを持ってくことはできるよな。

顔洗うとき石鹸の泡を手のひらにのせて、目をつぶってるけど鼻だのまぶただの、おでこを今洗ってるなぁー。ってわかるよな。

みえないけど、その場所を触れてるなぁ。ってわかる、そーゆー感じで、4番チャクラの奥の、騒いでる位置に意識でペタペタ触ってく。なんだろーな、コレ、なにかなぁ。って興味を持ってトンレンする。そのまま暫く反応を待つ。この辺から、起きてるんだか眠りかけてるんだかよく分からない状態になってる。

 

うたた寝で見る夢にしては理屈っぽいし、理屈にしては感覚的だし、考察とリアルが混ぜこぜなんだけど、そのときに起こる「感情」だけはとてもナマっぽい。ナマだから「今」で「新鮮」で「嘘付いてない」。そのまま。

後になって、復習したいとき、内容を忘れていたとしても、その時の「感情」は憶えてるからそこから内容を思い出したり再び考察したりできてる。

 

もし自分が、暇があるのはよくないとか、何かしら予定を入れてないとかっこ悪いだとかで、どんな時もぎうぎうにやる事で埋めていたら、上記みたいな意識をフォーカスすることなんて、しようとも思わないだろうし、胸の奥がざわざわしてることすら気づかないだろうな。

用事があって、出かけてそこでなにか得るのはもちろん素晴らしいけど、自分の場合は何にもしない時間が持てることがとても嬉しい。

 

何にもしない時間があることを不安に感じていた頃と、今とでは、1日は同じなのに、気持ちが全然違う。

同じ街中を歩いてる人たちの、それぞれが見て感じてるものは、全然違う世界だってのは、こーゆーことなのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隔たりを薄める

神保町で開催する東京氣塾に行ってきた。

向かう電車の中で陰の呼吸法②④⑦→退陰符→②⑦→退陰符の練習をした。

 

今回は久しぶりに群馬からAさんも参加下さった。参加者はベテランの生徒さんが多かったので、木村先生の施術中の待ち時間は、フリースタイルのトンレンをしてみた。

それぞれ進んでる段階や教わってる呼吸法がことなるので、それ用に相談しながら練習する。

 

自分は進行と施術の段取りを確認しながら端っこで立ってた。谷山さんとAさんのペアが「どんな状態が瞑想なのか?」についてお話しなさってて、谷山さんが「ゆうがたヨクサルさんがそーゆーのアレだから一緒にやってみますか?」って流れになって、呼ばれたので3人で練習した。

普段からAさんご自身でやってみるものの、瞑想状態というものが、どんな感じなのか?がイマイチよく分からないと。自分も初期の頃は、瞑想ってなんだよ?と思っていた。だから瞑想って言葉にこだわらないようにして「呼吸法による意識レベルの変化と調整」って思いながら練習していた。

眠くて落ちるギリギリの位置とか、そこそこ眠くて物事が考えられない位置とか、眠くはないけどリラックスできてる位置とか、日常の意識レベルの位置とか。

それに加えて氣の内圧をどの位置まで上げるとか、どれくらいの量をどんな速度で流すとかを調整してる。

考えたり対象を観察したりするときの意識レベルを変化させたり調整するのだ。

 

そもそも呼吸法自体が瞑想だから、始めるとすぐにリラックスして集中することができるし、気持ちが内没してく。内没ってのは気持ちが暗くなってくとか閉篭もるってのではなくで、なんとゆーか、外部で起きてる音や景色が気にならなくなってくる感じ。

今回は自分が導入してから意識レベルを何度か変化させてその状態をAさんと谷山さんがトンレンして味わってもらった。

その前に谷山さんの瞑想状態ってのをAさんがトンレンで体感していたそうで、自分が「じゃあ始めまーす。」と合図して呼吸し始めた時点で谷山さんのとは違うと分かったようだった。

 

どちらかというと、谷山さんの意識レベルも最初よりは下がるけど、ゆうがたヨクサルの意識レベルは開始した時点でそれよりもかなり低いってこと。どちらがいいとか悪いだとかはないけど、自分のはかなり意識低い系だと。Aさんも谷山さんもここまで低いと仕事に差し支えるかもしれない。って感想を述べてくださった。そーかそーか。

 

自分の場合は、このぼーっとリラックスした意識レベルが普通のことになってるけど、昔の自分は一般的な意識レベルでは過剰反応してしまうし、すぐになんでも気にしちゃうタイプだったので、今ぐらいの方がずっと心地よく過ごせる。心地よくて気持ちに余裕があるから、状況に飲み込まれないで観察したりヒント拾ったりちょっとした違和感に気づいたりできる。そーやって「なるほどー。」って物事が分かってくる。落ち着いて迷わずに行動に移すことができるから気持ちのストレスもない。そんな感じでAさんに話したら、その感じはすごくわかる。ってことは僕も普段から瞑想状態になってるんですね。と話して下さった。はい、そーですよ。そりゃAさんもそーですよ。

それぞれのペアでトンレンをなさってる側をウロウロ歩いたり観察しつつも、木村先生の施術の話に耳を傾ける。どのかたもそれぞれ取り組むテーマや悩みは異なるけれど、話してる根本的なことは共通してるように感じられた。

 

横浜市から参加なさったNさんと久しぶりにトンレンしたときは、アウトラインの情報と、問いを立てて情報を引き出す2種類をやった。

彼女も4段目に入っておられるので、今までの呼吸法との違いとか、相手へ浸透するまでの時間や寄り添う度合いなどについて話した。

Nさんは、自分がビバで両腕の気脈の詰まりを取った最初の人だ。あのときは、自分なんかが人にビバをするなんていいのかなぁ。って思ったけれど、いざビバりだすとそんな気持ちは無くなって、ひたすら「この人にとって、氣を体感して貰えるように、氣ってのがワクワクして面白いことなんだ」って感じて貰えるように夢中でやった。それまでのちょっとやつれてて不安で緊張していた表情だったのが、どんどん目がキラキラしてきて、終わった後にありがとうございました。って両手で握手してくれたのを覚えてる。ビバをやらせてもらってよかったな。と思ったんだ。

 

トンレンの練習も終盤になったときに、谷山さんとナカジさんに、自分が今やってる4段目の7番の呼吸法をしてるときの状態をトンレンで感想述べてもらった。自分で得てる体感や感覚というものは大切だけれど、他の人たちからの感想も参考になる。感想、ざっくり聴いたけど、あんまりよく分からなかったから、も少し聴ければよかった。

 

TさんとMさんがトンレンの練習をなさってる隣をウロウロ歩いたり観察して、途中からこんな感じの練習もしてみるといいですよー。と提案してやってもらった。

こーするとこーなってきますよ。とか実体験や質問を受けたり答えたりする。

今日の自分は比較的よく喋った。

そうしたくて振る舞ったというよりも、この雰囲気にはこれぐらいするほうがちょうどいい。って感じで自動的にそうしていた感じがある。

キャラクター、個性というものを、その場面ごとに変化させるってのは、自分の中に色んな人格を用意することになる。恥ずかしいとかやってらんねぇよ、とか、そんなの嫌じゃーだとかのエゴがあるとうまく作動しない。エゴを薄めて相手起点になって、そーやって、相手や周りとの隔たりを薄めていくのもまた1つのお題、行になってる。同一視感のいい練習。トンレンはやっぱりいいなぁ。

 

参加下さった皆さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5段目以降は凄そうだった

今日は木村先生の遠隔レッスンで、最近の自分の進み具合を聞かれたので、具体的な振る舞いや、感想などを述べた。

なんだかんだ事が起きても、自分自身はいたって平和で、時間が異様に速く過ぎてくこと。1週間なんかあっとゆーまだ。

 

その場の人たちや雰囲気によってリアクションを大袈裟にしてる自分がいて、「あー、ゆうがたヨクサルは、こんな感じで振る舞うんだー。」ともう1人の自分がそれを観察してること。

 

安定しつつも、体内での氣の回転速度が上がってると、時間の感覚が変化します。だから時間経つのが速くて、それでいいんですよ、と。

そこから木村先生の座学が始まって、今回聞いてみようと思っていた、5段目以降の方向性、技術とセンスの変化などを教わった。おおよそのこんな感じだろうなー。ってのはあったんだけどさ。これな、自分にとっては衝撃的なキーワードでてきてな、「えーっ∑(゚Д゚)」てなった。

ほかの生徒さん、先輩がたは既にその段階を迎えていらっしゃるだろうから、普通なのかもしれないけれど、その予告はとても興味深い内容だった。

これ、面白いけど一度では濃過ぎて飲み込めないから、ほかの生徒さんにも励みになるかもしれないし、木村先生のブログで30回くらいに小分けして記事にしてくれないかなぁー。と思った。まー、しないだろうなぁw

 

レッスンの最後に、それで現時点での自分の進み具合、いかがなもんでしょうか?ってたずねると「それでいいです。実にヘルシーですよ。」と。

ちゃんと工程を踏んでいられるってのは、後から判るもんなんだな。

 

 

内圧

呼吸法で氣を発電すると、胴体内に内圧がかかってくる。内圧がよく分からない場合は、もっと発電する時間をかけるか、基本の型が乱れていないかを確認する。

自分の場合、初期のころ、木村先生から濃ゆい氣を分けてもらって、それプラス自家発電の氣を使って内圧を体感することができた。貰わないと大体30分くらい呼吸法しなきゃ圧は感じれなかった。

 

古式マスターヨーガの呼吸法を知る数年前の体調不良が続いていた頃は、仕事の10時半とか11時を過ぎてくると胸と喉が凝ったような、張ってるような、詰まったような苦しさが起きた。

午後になると、喉の圧迫感はピークに達して、頭の中と首の後ろが凝ったような、張ってるような、詰まったような感じになってくる。まるで逆立ちしてあたまに血液と重力でぱんぱんになったみたいだった。病院で診てもらっても異常ないです。って言われるばかりだった。

 

毎日毎日、何でこんななるんだろう?って不安だったし、息苦しさと緊張しっぱなしのような状態になっていたけど、今思うと、身体は緩まってないし、氣も循環がスムーズじゃなかったなぁー。と。

 

あの頃の氣の内圧の体感は、ヘルシーではなかったけれど、同じ氣の内圧なのに、今、自分が呼吸法で発電所してパツパツにしても嫌じゃない。たぶん、今の発電できる氣の量のほうがずっと多い。

 

それなのに何で嫌じゃないかとゆーと、それが何なのか知ってるからなのと、どうやるとパツパツじゃなくなって調整できるのかを自分で出来るからなのと、そうしたいからいまこーなってるんだな、と分かってるから。

 初めは追い込まれて、必要だったから夢中でやったけど、必要というよりは面白いからやってる。

 

 

 

くゆらす

4段目の7番チャクラを練習しているので、木村先生からのアドバイスの言葉は1つのヒントとしてよくよく考えてる。

 

「4段目の7番は調和、和合を重視するから、7番をするときにもそれようにゆっくりやりましょう。」

「ゆっくりです。まさに燻らすですね。」

 

くゆらすかぁ。と考えながらくゆらすってどんなだっけ?どんなことにそれは現れてるか?って思い出す。思い出して考えて1か月経った。

 

タバコからゆらゆら煙が出てるやつ。あれはそうだよな。

焚き火の煙や小さな炎も、そうだよな。

お弁当作って容器に入れて、じっと見てるとごはんから湯気が出てる。

スマッジングやお香を焚いてるときなんかもくゆらしてるよな。

 

水槽の中で金魚がひらひら尾びれを揺らして泳ぐのは違うか、どーか。

タンポポの綿毛やモフモフの犬をブラッシングしたときの毛がふわふわ飛んでるのは燻ってるのとは違うのか。どーか。

休日の気持ちいい昼間に、軽めのビール呑みながらぼんやりするのは燻ってるといえるかどーか(←違うな、コレはマッタリだろう)

 

とにかく、軽くてふわふわしてたり微細なやつが、空間を共有して、奢るでもなくへりくだるでもなく、そこでそうしてるだけの、あの感じだよな。

思い出して考えて、その感覚を自分の中で再現すると7番の呼吸法も、何だか燻ってるような感じになってくる。いやー、誰かとトンレンして感想述べて貰えるといいなぁ。と考えながら今週の東京氣塾の進行について考えたりもする。

 

 

 

ミネラルおやつ

甘くてミネラルも豊富で少量食べるだけで満足するおやつ。それがロースイーツ。

ナッツとデーツをフードプロセッサーで撹拌して丸めたり押し固めるとそれっぽいものができる。他の材料は家にある適当なやつでいい。今回はココナッツファイン、ココアパウダー、塩、カカオニブ、貰い物のスピルリナパウダーを使う。

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デーツは種を抜いてあるかどうか割いて確認する。生のクルミは水に浸して酵素抑制物質を除去する。

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↑3時間くらい浸水してから軽く乾かすとこんな感じ。このまま食べれる。

 

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フードプロセッサーで撹拌して、しっとりした具をビニール袋に入れて、丸めてブリスボール的なものにしようとしたが

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途中でめんどくさくなってミニパウンドケーキ型に詰めて冷蔵庫で冷やしてからカットした。

2日目のブラウニーみたいなしっとりしたココア風味のおやつになった。

これなら自分の苦手なスピルリナくささもさほど気にならないかと思ったけど、がっつり残ってた。金属っぽい酸っぱさ?そして、ケムくさい藻の風味。口の中と喉の、どの位置を通っていったのか判るぐらい後に残る。いつまでもキンキンしてる舌と喉に、ミネラルがくっ付いているんだと思うとまあいいか。って感じる。

 

最近は残業が続いていて、その直前に皆んなで休憩をとる。すでに疲れてるしお腹も空いてくるから、それぞれが小腹満たしにチョコやらスナック菓子やらを摘むなか、自分はデーツとローカカオニブを持参した。

デーツを半割りに割いてカカオニブをギチギチ詰めて指でつまんで口に放り込む。旨いなぁ。

 

わ〜⁈それ何ですかー?って同僚たちは興味津々だから、半割りデーツにカカオニブをギチギチ詰めたものをそれぞれの目の前に置いてく。寿司か。

「噛んで。よく噛んで。」

甘くてチューイーでローカカオニブのすっきりした芳香に皆んなは驚く。美味しいってさ。

 

自分は普段から食べ慣れてるものだけど、同僚たちは「デーツ」も「カカオニブ」も知らなかった。(自分だって菜食するまで知らなかった)

何処で売ってるのか?とかそもそもこれは何なのか?と面白そうに質問したり感想を述べてくる。お腹がポカポカしてくる。とかバケツ一杯食いたいとか、このカリカリしたカカオニブたべるの止まらない。とか。

ちょっと真新しく、美味しくて面白い出来事ってのは女子受けが凄くいい(受けを狙った訳ではないけど)。

残業前の、わずかな休憩時間だったけど、何だかいつもより活気があったし皆んなウキウキして仕事も進む。

いい食材、食べかたってのは、こんな感じで活かせるんだな。と思った。呼吸法や氣とおんなじだ。