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ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

為さざれば成らず

殆どの人が気付いてるのに、直さない、時刻が正確じゃなくなった時計の電池を交換した。数人が別々の場所で、自分に向かって同じこと呟く。

「それ、時刻違ってたよね、他のもそうだよね、誰もやらないからさー、電池かえるくらいなら私がやるけどって思ってたー。」

 

なんかしらける。

いや、コレ、試されてるんだな。こんなことばっかりあるが、絶対に負けねぇからな。(←荒ぶる2番チャクラ)

 

 

 

身につくぶんの余白

・自分が日々、練功してる「いい氣質」を、周りの人たちに浸透とか感染させる。ってのを、コツコツ続けてると、だんだん馴染んできて、良好な関係性が生じてくる。

大雑把に言うと、呼吸法で循環を作るとか、リラックスした雰囲気を醸し出し続けるってこと。自分の場合は、この時、「相手を上回ろう」とか「相手を持ち上げよう」だとか、はない。意図とゆーか、作為はない感じで、ただ単にいい氣質で満ちるようにしてる。

たったこれだけの事なんだけど、ふとした場面で、自分と似たような振る舞いや趣きを周りの人たちから発見することがある。

そーゆーのを見つけるときは、凄く面白く感じる。

 

・今日の木村先生との遠隔レッスンでも、「質の高い氣」について話があった。

瞑想状態に素早く入ることが出来るとか、上や内側や後ろだとかからのヒントや何ぞ?をどれだけ拾えるか?も、また氣質がよくなればこそです。と解説して貰った。

あと、答えが芋づる式とか連鎖して導かれることがあっても、すーぐ忘れちゃうから、なるべく早くメモしたりするほうがいい!ってアドバイスも貰った。

しかーし、自分は、答えにピッタリな言葉が見つからなくて、仕方がないからなるべく近しいニュアンスでメモしたりするんだけど、やっぱり感覚で得たものとは違うから、後で思い出すときにメモを見て「はあ?嘘かいてる。」と、しょんぼりする。

頭の中のスピードと、言葉を選んでメモるスピードとの差に、がっかりする。

 

・しょんぼりや、がっかりも積み重なり、最近は、やること詰め込み過ぎだったから、身体も休まらず、考えのおさらいをサボっていた。だから余白を作ることに努めた。

余白が出来たら、それまでの考えがどんどん身につくような感覚が出てきた。

嬉しい。

言葉の勉強に、本、もっと読むのが今、やりたいこと。

 

 

 

 

skypeで練習する

昨晩は大阪氣塾の先輩であるHさんとskypeトンレンの練習をした。

直接お会いする時と、skypeで話す時とではHさんはキャラクターとゆーか、話し方がちょっと替わる。skypeで話す時は、なんとゆーか、いいお父さんって感じがするのは、多分ご自宅でskypeをなさってるからかもしれない。

 

今回は、自分が感じた体感とは違う、別の視点や感覚を知りたかったから、Hさんにご協力をお願いして「今から自分が過去に経験した時の、ある人物を想い出します。その人からは、どんな感じがするか?トンレンで感想聞かせて下さい。宜しくお願いします。」って事前にはネタバレさせずに、昨日のブログで書いたイトコちゃんの再生トンレンをさせて貰った。

 

先ずは大阪にいらっしゃるHさんと呼吸法で循環を作る。それぞれの状態が確認出来たら次に自分は意識レベルを降ろして、過去を再生する為に4番チャクラの奥に検索をかける。再生が始まる感覚を捉えたらHさんに合図する。

数分間、シーンとなったまま、再生トンレンを鑑賞する。昨日の朝の再生と同じような感覚が自分に起きてくる。

終了してから、Hさんに感想を述べていただいた。

 

「んー、なんかぼんやりと顔、みたいのが見えたね。」

「目とか、鼻とか、口とか、ぼんやりと白い感じで見えてきたなー、て所で終わった。小さい顔やった。女の子?男の子かな?どっちか分からなかったけども。」

「感情みたいなことで言うと、恥ずかしい〜。って感じで、あとは広〜い所にいる。広〜い公園みたいな感じがしたね。無の中に顔が浮かぶ感じだったね。」

 

自分がトンレンすると、ビジュアルでの読み取りは滅多にないから、Hさんの感想は興味深かった。いつもトンレンの時はビジュアルで見えるのか質問してみたら「時々ね。最近はなかったわ。こーゆーの久々だね。」

 

ひと通り感想を述べて貰ってから、昨日のブログに書いた、イトコちゃんとの想い出を瞑想状態のときに再生トンレンしたことを、Hさんに説明した。そのときに自分がどー思ったとか、今の自分はこー思った。とか話した。

その他にも、Hさんがなさってるランニングやボクシングのときのスピードの感覚とか、人間観察するときのお勧めスポットとか、1段目から現在まで氣の練功をなさってきて分かってきたこと、変わってきた事など教えていただいた。なるほどねー!自分にはない視点や経験の話は面白いなぁ。

 

あっとゆーまに1時間が過ぎてお礼を述べて終了した。Hさん、ありがとうございました!

 

 

イトコちゃん

6歳くらいのころ、自分のいとこにとっての、イトコ。の家に初めて行く機会があった。

出かける前に、自分の親から「イトコちゃんは体が弱いんだから、お前は優しく遊んであげなきゃダメだよ。」と言われて、初めて会ういとこのイトコちゃんはどんな子かなぁ。と思った。「弱い」ってのがどんな感じなのかよく分からなかったし、自分がどんな感じだと「強い」ことになるのかも分からなかった。けど、とにかく優しくしようと思った。

 

会った時のいとこのイトコちゃんは自分と同じくらいの子供で、全身麻痺で、鼻に酸素のチューブを付けていて、言葉を発することが出来ない。でも、おじさんやおばさん達が質問形式で尋ねれば、瞬きの回数とか目線の違いでYESなのかNOなのかを答えることが出来た。イトコちゃんは目でお話する。

 

一緒に行った自分のいとこは、いつも遊びに行ってるから慣れていて、直ぐにスキンシップをしたり話しかけていたけど、自分は初めて来た家だし、いとこのイトコちゃんとは初めて会ったし、何を話せばいいのか、何をして遊べばいいのか分からなかったから隣に座って遊んでるいとこのことを見たり、イトコちゃんを見たり、そんな感じでそばにいた。

 

うろ覚えだけど、その後はぬいぐるみで遊んだり絵本読んだりしてその横で、イトコちゃんはそれを眺めてる。チラシの裏に絵を描いて、何色にしようか?とイトコちゃんに聞いて選んで貰ったり、みんなでご飯を食べたりした。と思う。

とにかく家族みんなが明るくてワイワイ賑やかだった。自分の両親達とは全然違う明るさだった。イトコちゃんを中心に皆んなが笑顔だったのは覚えてる。

 

夜になって、家まで送って貰った車中では、イトコちゃんと自分は手を握っていた。相変わらず自分は何も喋れない。自分から何か面白いことも言えなかったし、自分たちが遊んでる側でイトコちゃんが見ていただけだし、何も優しく出来なかったなぁ。これは遊んだことになるのかなぁと思ってた。

もうすぐ家の前に着くよ、って時に、イトコちゃんの指が「ギュー…」って自分の手を強く握るのが分かった。自分も「ギュー!」って返事するみたいに繋いでから思わず「また遊ぼうね。」と言ったんだよな。

 

ここまでの事を、この1週間ほどずっと思い出してる。今朝の通勤電車の中では、呼吸法の練習をしてから、後半は瞑想することにした。

そんで、意識レベルを瞑想状態にしてからイトコちゃんと車中で一緒にいた時の想い出を再生してトンレンした。

4番チャクラの奥、魂にオーダーとゆーか、検索かけて、「イトコちゃんの状態」を再生した。

 

最初は胸がキューって萎むような、さみしー、もっと一!って要求のある感じがする。

そんで自分の左手が勝手にギュー…って閉じてきたから、あ、コレはあの時のイトコちゃんの動きだな。と分かる。

その後少し経ってから、4番チャクラの奥がジワジワ〜…‼︎って広がって「わーい!」って感じで嬉しい感覚になった。

瞑想で再生してそれをトンレンで味わってる現在の大人の自分は、電車の座席で、ジワジワと涙が出てきて感動する。

 あー、イトコちゃん、喜んでくれてたのかぁ、と感じた。あんなにちょっとしか一緒にいなかったけど、会えてよかったなぁ、と感じた。

 

その事を昼間も仕事しながら考えていて、人によって、楽しいとか、幸せって感じることは人によって色々だなぁ。とか、「その人の感じてる幸せ」を自分も同じように一緒に幸せ、って感じれるのは、いいなぁ。と思った。

「相手起点で考える。」ってどんな感じ?ってことに少し近付けたように思った。

 

30年以上も経って、イトコちゃんから凄い学びを貰った。今はもう会えない所にいるけど、いつか答え合わせと、お礼と、お返しをできるときまで愉しみにしたい。

 

自分は、そーゆーことを呼吸法でやってる。

 

 

 

 

 

 

転んだ

朝、玄関を出てすぐの階段で滑って転んだ。

雨が降っていたから、階段も土埃ごと濡れていてヌルッとしていた所に、尻から落ちた。あー。

左側の肘と、尻と腿の付け根を強く打ってしまったから痛い。コートもデニムのボトムスも洗ったばかりの綺麗なスニーカーも、ヌルヌルの真っ黒だ。あー。

傘とリュックと部屋の鍵と捨てるゴミ袋が、バラバラそこら辺に散る。あー。

出勤時間だったから、時間もなくて、そのまま立ち上がって歩きながら手首や足首や腰が異常ないかチェックした。電車に乗ってからは服が乾くまで立っていた。職場では制服に着替えるし、まあいいか。と思った。

 

アレだな、なんとゆーか体が痛いことよりも、雨降りのヌルヌルに「いい歳した自分が!」滑って転んでもーたとゆー、精神的なダメージの方が強い。

ロッカーで着替えながら、同僚達に転んだことを話したら、ほとんどの人が何らかの原因で「転んだネタ」を持っていた。

あー、以外と皆さん大人になっても転んでるんだなぁ。と思ったとき、精神的なダメージが軽くなるのが分かった。

 

歯のクリーニングの予約をしていたので、仕事帰りに行ったときも、歯科衛生士さんに転んだことを話したら、そこでもまた「私もつい最近転んだ!」とおっしゃる。

 

転んだ話って、なんとゆーか、お年寄りや子供だけのことかと勝手に思ってたけど、違うみたいだな。怪我をしたり、痛くなったりするから、転ばないほうがいいのは分かってるんだけど、転んじゃった後の、他の人達との共有ってのはなんだかいいなぁ、と思った。

 

 

想いを知る為の技術②

続きを書きます。

 東京氣塾が終了してからは、焼肉屋に向かう皆さんと別れて、京橋にある南インド料理「ダバインディア」さんで晩御飯を食べた。

もー、氣塾終わりのゆうがたヨクサルと言えばカレー、みたいな感じになってきたけど、カレー、旨いし。寒かったからスパイスでポカポカ暖まりたかったし。

 

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↑タンドリーゴビ。タンドリーチキンとかの、あの酸っぱ辛い味付けを、カリフラワーに施してある。香ばしくてご飯に添えて食べたいくらい美味しい。

中学生の頃から目立ず、引っ込み思案な性格のあの「カリフラワー子」が、窯の熱気と華麗なスパイスによってプロデュースされ、「ゴビ」としてデビューしたらこんな感じ、って味がする。

 

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↑ベジミールス。ヨーグルトを抜いて貰うようにお願いしたら、代わりに玉ねぎとひよこ豆のサラダ的なものを添えて下さった。

辛いカレー、まろやかな甘いカレー、酸っぱ辛いスープ、色んな味が口の中で合わさってオモシロ旨い。

 

いつものように、カレーを食べながら今回の氣塾でのことを復習する。

もし、今の自分が氣の情報をトンレンで読み取ることがなければ、相手の想いや状況は表層のごくいち部分しか分からない訳で、しかもそれはただ自分の主観でしかないものになるだろう。

ほんの数分なんだけど、トンレンで相手の想いや状況を「こんな感じなんだなぁ。」と知ることができると、主観とは別の考えが自分の中にうまれて、なるほどなぁと、深みが出てくる。

 

いつか、自分が自分の中で通用出来ていたことでは太刀打ち出来ない場面になったとき、この「別の考えかた」が参考になったり、役立つことになるかもしれない。そーゆーことを技術として教わりながら、自分の気質や情報も、誰かにとって役立つことが少しでもあればいいなぁ。と思った。

一年前からすでに想定内だけど、現在は4段目の陰の気質も増してるから、人によっては冷め冷めで感じ悪いゆうがたヨクサルになってるように見えるんだろうなぁ。それもまた「こーすると、こーなる。」とゆーサンプルになってるからまあ、いいか。

 

 

 

想いを知る為の技術

溜池山王で開催する東京氣塾に行ってきた。

向かう電車の中で陰の呼吸法→退陰符→陽の呼吸法に切り替えて→退陰符を練習する。

 

今回は初参加の方がいらっしゃる!とゆーことで、木村先生にお願いして、自分が初参加のかたの両腕の気脈の詰まりをとる作業(煉気波、ビバ)をさせていただきました。

リラックスして気の体感を楽しんでもらうために話をしながらビバを打つ。日本の歴史に興味があるような気配がしたので訪ねてみると最近、歴史に関心を持つようになられたそうだった。なるほど。

ほかにもご自身の周りの人たちを大切になさっておられ、その中から「生き方」について多くの学びを得てこられたようだった。本質についてもっと知りたい!っていう想いが伝わってくる。そんな感じでお話を伺いながら和やかに両腕の気脈通気加工を終えた。

その後の先生による2番チャクラ、グランティ結節などの通気や呼吸法のレクチャーなども見学させて貰ったから、自分がトライアル会などで行う2番チャクラと両腕の気脈通気加工、呼吸法の説明の再確認にもなった。

 

この3年間、自分はずっと東京氣塾の時は他の生徒さんたちのトンレンや呼吸法などの進行係を務めていた。本当はいつだって木村先生の施術や呼吸法を指導なさってるところを見学したかった。でも、他の生徒さんの数人も、先生の施術を見学したい、とゆーことで抜けることが多かったから、下手ながらも進行係を自分がしていた。

最近は、ベテランの生徒さんが増え、それぞれが自主的に練習なさって下さるようになったから、自分は先生の施術を見学するほうに専念させて貰った。皆さん、ありがとうございました。

 

初参加のかたの施術中、他の生徒さんがたは各自持参した写真や愛用品などを使ってトンレンの練習をなさっておられた。

途中から自分も参加してMさんが持ってきた「茶道の道具」と「能の鼓の教則本」をトンレンさせて貰った。

茶席で菓子をいただく時に使う「菓子切り」は、スーンとした落ち着く気持ちで、作法や所作に気配りする氣を感じる。

Mさんに確認してみると、お稽古中は落ち着いて静かに振る舞うことを意識なさってるそうなので、自分が感じた体感は当たってるようだった。

鼓の教則本は、糸綴じの古風な本とゆーか、楽譜なんだけど、片仮名や文字が縦書きに記してある。ページをめくって気になった箇所で右手をかざしてトンレンしてみると、お腹から厳かに「むーん、」と唸るような声を発したい気持ちになってくる。それから両手の指先がジンジン暖かいとゆーか、違和感が出てくる。

Mさんにそのことを述べると、鼓の稽古の際は、声を出したり、鼓は用いずに手をパンパン打つ、叩くことをするとのことだった。なるほど。

茶道のときと、鼓の稽古のときと、Mさんはこんな感じで習っているんだなぁ。と体感で共有することができた。やっぱりトンレンすげえ。

 

鍼灸の学校で資格を取得するために勉強なさっておられるKさんからは、太極拳のテキストに掲載してあった写真、站椿功(タントウコウ)をしている人が、どんな感じでやってるか?をトンレンで読み取るリクエストを受けた。

写真の見た目は肩幅に足を開いて両腕を胸の前に持ってきて円を作っている姿勢だった。

写真を眺めていると、2番チャクラとゆーか、腰回りと腰の芯の部分に氣の圧を感じて、静かに息をしている。我々の呼吸法で言うところの退陰符に近い感覚で、安定感とリラックスを感じた。

 

物質トンレン以外にも、普通にペアを組んでトンレンの練習もした。谷山教室の生徒さんであるTさんとトンレンをした時は、自分の氣の情報を読み取るときの「誘うような波形」を感じた。この波形とゆーか、気持ちのテンションは、相手の情報を引き出す時にとてもいい状態なので、今後もこの感じで色々と試してみるといいだろうなぁ。と思った。

 

先日の横浜トライアル会に参加下さったMさんとは、微細身瞑想の状態がどんな感じか?をトンレンでシェアした。自分が行うその状態は、筒状の中心は暖かく、外側になるほど冷んやりして、体からはみ出してるようなふわふわした感覚もあると感想を述べてくださった。

それを使って、どんな時にどんな感じで調整してるか、呼吸法のしかたや気持ちの向けかたを説明した。

Mさんはその度に素早く理解なさって下さる。相変わらずセンスいいなぁ、と思った。

 

それぞれのかたとトンレンで相対した時間はものの数分なんだけど、サッとやってパッと得るものが豊富にある、そんな感じの練習だった。

あっとゆーまの東京氣塾終了で、今回もまたいい勉強になった。続きます。