ベジるビバる

ゆうがたヨクサルのブログ

割るやつ持ってる

先週の東京気塾で忠臣さんが銀杏をくださった。忠臣さんのお父さんが毎年、銀杏の時期になると拾って集めてくるそうなので、おすそ分けしてくださった。

 フライパンで乾煎りして食べるのもいいけど、今回のはちょっとずつ使えるように保存する。

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↑先ずは銀杏の殻をむいた。

白くてV字のやつは、銀杏や梅干しの種、胡桃なんかの堅い殻を簡単にバキバキ割ってくれる道具。

(以前に銀杏もらったとき、この道具を持ってることを忠臣さんがお父さんに話したら「殻を割るやつ持ってるほどにギンナン好きなのか!なら、持ってってやれ。」と言われたけど、ふつーにどの家にもあると思ってた)

 

殻を剥いたら薄皮のついたままお湯で2、3分くらいゴロゴロ転がす。それから薄皮を指で剥がした。

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茹でると鮮やかな翡翠色になった。画像よりも実物の方がもっと緑色に光ってる。味見したら少しほろ苦くてモチモチで旨かった。(忠臣さんのお父さん、ありがとうございました)

ぎんなんご飯にしたり、炒め物に使えるように保存袋に入れて冷凍した。

 

午後はりんごを使ったおやつが食べたかったので、ホットビスケットの生地をパイ皿に敷いて焼いた。

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中身には、りんごにシナモンと甜菜糖、レモン汁を混ぜてココナッツオイルで炒めたものにドライプルーンを加えたもの。

塩を効かしたホットビスケットの生地をパイ皿に敷いて、炒めた具を詰めて、ホットビスケットの生地をパイみたいに伸ばして成形、表面に豆乳を塗ってから焼き上げてある。

冷めてもうまいが焼きたての熱いのを食べると甘酸っぱくておいしい。

 

 

 

たっぷり観てきた

有給休暇を取って上野の東京国立博物館で開催されている「運慶展」に行ってきた。この特別展は11月26日まで開催してます。向かう電車の中で呼吸法の練習と意識レベルをさげて瞑想した。

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かなり混雑するだろうな、と思っていたので平日の昼間を選んだ。やっぱり混雑のため入場規制がかかっていて最後尾で50分待ちだったけど思っていたより待ち時間が少なかった。並んで待ってる間は、敷地内にある樹をトンレンしたり、呼吸法の練習をしたり、遠くに見えるスカイツリーを眺めて過ごした。天気も良かったからとっても気持ちがいい。待ってる人たちに無料で貸し出しをしてる日傘がクラシカルでなんだかいいな、と思った。入場整理の係りのひとが、声を枯らして説明してる。頑張ってる。体力も気力もフル稼働って感じで応援したくなる。

 

この展覧会に行こうと思ってた数週間前に、観賞用にと単眼鏡を購入しておいた。以前Mさんが美術鑑賞するときに持参なさっておられた単眼鏡を見て、これはいいな。と思ってたんだよな。

いくつかのメーカーのものを調べて、家電量販店の単眼鏡コーナーを歩き回って色々試してみた結果、選んだのがこれ↓

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NikonモノキュラーHGの5×15D。

細かい性能のことはよく分からないんだけど、美術品などの展示会場内は暗いことが多いから、なるべく明るく見えるように倍率が5のやつを選んだ。

ほかのメーカーでも倍率や明るさが同じものもあったんだけど、レンズに眼を当てたときの視野の広さとピントを合わせるときの感触が一番しっくりきたのでこれを選んだ。

今回の博物館で使ってみたところ、かなり満足のいく鑑賞ができたので買ってよかったー!と思ってる。(←予定してた資金をオーバーしたので当分は慎ましく暮らします)

 

運慶たちが作った座像や立像、台座や踏まれてる邪鬼も木だ。時代を経て虫食いや亀裂や表面が剥がれてるところがたくさんある。木じゃない部分、胸元の装飾品のビーズや金具も渋い風合いになってる。渋くてカッコいいけど、出来た当時はどんな感じだったのかなー、と思った。

玉眼と呼ばれる水晶を使った瞳には、黒い瞳孔の周りに赤やオレンジや金色の虹彩を色付けされていた。白目の部分は綿や紙などを水晶の裏面にあてて、さらに添え木でとめてるそうだ。瞳がツヤツヤのピカピカだからなのか、みずみずしく感じて生きてるような感じがする。

 

みんな大好き四天王立像は、手の甲の血管が浮き彫りになってたり、筋肉モリモリだったり、腕を上げたときの袖口や裾の布のシワや厚みに動きを感じる。前から見ても横も後ろ姿も何処見てもかっこいい。

あなたかっこいいねー‼︎って感じいってから、あ、これ木なんだよな、って思い出して道具で削ったり彫ったりした跡や、亀裂や僅かに残る色や模様を観る。作ってるところを想像してまた像全体を見ると、そのものに対する意識が二重、三重に増えていく。

 

童子立像や十二神将立像は面白かった。脚の開き具合や捻ったポーズがカッコいいなー、でも実際にやったらキツイ体勢だろうなー、とか髪の毛がアニメの主人公並みに逆立ってるけど、横と後ろからみるとちゃんとヘアスタイルとして成り立ってるなー、とか、雑誌や画像でみたときより、そんなにぽっちゃりしてないなー、とか。髪の毛の生え際を一本一本丁寧に描いてあるところ。色んな見どころがあって、ひとつひとつ見るのに時間がかかる。

たいして詳しくもないくせに自分はもう夢中だった。夢中で面白がるような、惹きつけられるものを彫った運慶や作者たちにありがとうって感じる。

本来ならばいつもはお寺にあって、僧侶や、お寺にいらした人々を支えたり励ましたり安心させたり、色んなことのために大切に安置してあるはずなのに、その場所からはるばる運んでくださった。そのことを思うと、関わった人々に感謝の気持ちが湧いてくる。

 

13時過ぎに入場して、見終えたのが16時ごろだった。展示会グッズ販売コーナーの人だかりの中、みうらじゅんさんの描いた制多迦童子と矜羯羅童子が表紙を飾る方眼ノートを発見したので即買いする。ノートをカバーする内側にポケットが付いているところや方眼ってところが個人的にテンション上がった。

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ホクホクしながら帰る支度をしてコインロッカーのそばを通り抜けようとしたら、「東大寺金剛力士像修復」の映像が無料で見れるコーナーがあったので入ってみた。

虫食いや雨風で劣化した像の修復して再び設置するところまでを10分間にまとめた映像だった。

解体作業の際に、中から経巻らしきものが出てきて騒つくところがあって、慎重に取り出すところや、ポロポロ砕けそうな劣化した巻物をゆっくりと広げていくところを見ていたら感動して涙が出てきた。

なんとゆーか、当時の作ったりたずさわった人々と、修復するために集まった現代の人々とを結ぶような、ひとつに繋がるような、俺は、俺たちはこうだぞ。お前たちはどうだ?ってゆう、お互いの面白さ優しさ厳しさ誇らしさみたいなものがギュッと詰まったいいものを見ている感じがした。

 

運慶展の内容の濃さにボーっと満ち足りつつ、せっかくなので隣接した考古展示室で石器や銅鐸や埴輪などを観た。ここの雰囲気や匂いは落ち着いて気持ちよかったから、ボーっとしてたのが治った。

所々で、銅鏡や装飾品などの側に近づくと、右手のひらがザワザワしてくる。その場を離れるとザワザワが消える。ここは氣の体感の練習にもなるからオススメしたいなー。と思った。

 

さらに常設展も半分くらいみたところで、自分はずっと歩きっぱなしで疲れてることに気づいた。きっと明日の仕事中は筋肉痛だ。こーやっていつも全部見きれないんだ。綺麗な庭も建物も中も全部、自分の好きな興味のあることが詰まってる場所。

帰りがけに、建物のすぐそばにあるお気に入りの木とトンレンしてから電車に乗って帰った。

帰宅ラッシュの時間帯だったので、東京駅からは混雑していて、重く疲れた匂いや気配でいっぱいになった。面白い。人間臭いしそれぞれバラバラな気配は、嫌だけど半分くらいは嫌じゃないのは自分が気力が上がったからだろうな。

電車の中で座席に座って今日のことを考えた。像を観るとき、ぱっと全体として感じることと、単眼鏡を通して感じること、それぞれ違うのに同じものを観たんだな、と思った。

過去の作った人たちと、現代の修復や引き継いでいる人たちが積み重なって継がれて繋がってるんだな、と思った。

近寄ったり遠ざかったり、昔だったり現在だったり、全体と個と、縦とか横とか、奥行きだとか、流れかたとか、重なりかたとか、うまく説明できないんだけど、自分の内と外とが密度の濃い多様な感覚で包まれるように感じる日だった。

 

探してる答えまで、あともうちょっとって感じ

あるなぁー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそれ

・今日の朝の、通勤電車の中では、いきなり意識レベルが下がって、呼吸法の練習をすることもなく考えごとが始まった。

 なにかひとつの考えごとをして、次々と関連するものたちを浮かべては考察する途中で、ひとつの単語や文字などの言葉に囚われてしまうときがある。

だいたいの、一般的な、日常で使われる意味での言葉が、このときのように考えごとをしている時にはしっくりこないときがある。 

考えごと(思考循環)している際に、普段使ってる言葉の意味が、邪魔になるときがある。誤解しそうになるとゆーか、求める芯の部分にたどり着く手前で、ツルっと軌道を外れてしまうそんな感じです。

 

・ 昔から読んでる漫画の中のセリフで

「名、変われど、それはそれ」

というのがあって、子供の頃読んだときに、ああそれでよかったのか。って感じてからずっとこのセリフと感覚が、なにかを考えるとき今の自分には添えられてる。

なにかや誰かをトンレンするときに、この感覚的なかたちのようなものに、文字や言葉が活かされるときもあるし、そうでないときもある。

 

海苔巻き、ロールケーキ

東京気塾が終わってからひとり、すぐ近くにあるチャヤマクロビさんへ晩ご飯を食べに向かう。お出かけの日に、普段よりも晴れやかなご飯を食べれるとか、自分で働いて稼いだお金をそーゆーことに使うだとかは楽しいな。

 

今回は「アボカド玄米巻き寿司プレート」を食べた。ヴィーガンスープと自然栽培サラダが付きます。

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自宅で作ることもあるアボカド海苔巻きだけど、やっぱりお店で食べるのは色んな具材が入ってるから味も香りも豊かでいい。サラダに使ってるオイルがとても軽やかで美味しかった。

 

調子に乗って、ケーキも注文する。「グルテンフリー 和栗のモンブランロールケーキ」

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米粉を使ったスポンジケーキがフカフカしっとりで美味しかった。いつか自分でも米粉のフカフカしっとりスポンジケーキを焼いてみたいなぁ。と思ってるので参考になった。

 

食べるってのは、体に必要な養分を取り入れる行為だけど、食感や風味、かたちを味わったり感じたりするのは、トンレンに似てる。

口の中でトンレンする(味わう)か、手のひらや胴体内などの体感でトンレンするか。

 

気塾の帰りの、日曜の17時過ぎにしかこのお店には来たことがないから、ほかのときがどんな感じなのかはわからないんだけど、この場所、空間は、広々としてて個人的にはとっても居心地がいい。

 

 

下がってるのを上げてまた下げに戻すだけ

新橋で開催する東京気塾に行ってきた。向かう電車の中で呼吸法②④→退陰符→意識レベルをもっと下げる→普通の意識レベルに戻すの練習をする。

 

今回は久しぶりのかた、新規参加者のかたなどが数人おられたので賑やかな感じだったのと、数日前に木村先生から「皆さん色々と動きが出てきてるので忙しくなりそうですよ」と話してもらってたんだけど、最近の自分はいたってフツーとゆーか、安定してるのでしずかに観察することができた。つーか、自分がここにいなくてもいいんじゃないか。ってくらい勝手に皆さん動いてくださった。あらやだ、楽だわぁ。

 

初めて呼吸法でトンレンをなさるかたもいらっしゃるのでペアで向き合ってやるやつとか、数人のグループでトンレンするやつだとか、色んなやり方で練習した。

まだトンレンに慣れてないかたでも、手のひらに当たる氣の感覚や、人によって質が違う感じとゆーのはわかっておられるようだったし、何かをヒント得るために来ました!って熱心な想いが伝わってくる。あー、こーゆーのいいなぁ。

 

何度かそれについて自分のや谷山さんのブログにも感想を書いてくださっているけれど、自分が呼吸法で意識レベルを下げてく感じをトンレンで受けてみたい。とゆーリクエストが何回かあった。

やってること自体は、退陰符なので皆さんも練習はやってると思うんだけど、感想などをお伺いしてると、どうやら自分がその状態になるまでの間が速いらしい。スーっとあっとゆーまに下がってくようだ。あんまり自覚がないのは、

「普段下がってるのが常なので、会場でちょっと上げて振舞ってるのを、元の下がった位置に戻してるだけ」だからだと思う。

会場でするときは、比較的浅いところで止めてるけど、普段の練習とかで、どハマり状態の時とゆーのは、幾らでも続けたい気分になってる。

もしくは、それほど意識は深く沈めてはいないけど、もう1人の相手が居て、会議みたいなことをする。こんなの、知らない人が見たらコイツは一体誰とと話してるんだ?って気持ち悪がられること確実な状態だけど、このときほどリラックスしていい状態で、ほかのいろんな意見を受け入れられるときはない。だからアイディア出しとか、背景を考察して一定の答えを見つけることができてる。

 1段目の、マスターヨーガの、6番〜7番を練習するころから、意識レベルの変化とゆーことを教わってきたので、初期の頃はもー、眠くて眠くて、なんとか調整できるようにならなけりゃいかんなってぐらい眠かった。そのうち、眠いんだけど、それなりに慣れてきて、いまはもう当たり前にこんな状態で過ごせるようになってる。

昔、体調が良くなかったころ病院で安定剤を処方されて服用していたころは、眠くてボーッとして、何も考えられなくて、口の中の唾液の量も少ないから喉乾いて虫歯も沢山出来てしまったんだけど、呼吸法で意識を安定させてる今は、考えることもできるし、口腔内も潤ってるから喉も乾かないし虫歯もたまーにしか見つからない。どちらも気持ちは落ち着くけど、質は全然違うし、今の方がずっといい。

 

グループで、自分がトンレンで氣を送るばんになったときに、それまでの練習で頭部にガンガン氣が上がってる人が多かったから、退陰符のよさを感じて貰いたくて下げた。

3分くらい?だったから手早く繋いで下げて、せっかくだから足もとだけジワジワ氣、入れたれ。って思ってやった。

感想はそれぞれあったけど、ナカジさんの「時代がどんどん戻ってくみたいだ」ってのと、考えて話すのが面倒くさいってモゴモゴなってるのを観て、あー、効いてるなぁ。って思った。

意識が下がっていくのを「え?これは何なの?」って考えようとしても、その考えようとする状態ごと消されていくようでした。って感想をKさんから聞いたときも、あー、効いてるなぁ。って思った。

 

ペアでトンレンを受けたり送ったりする練習のときは、そのかたの参考になればいいなぁ。と思いながらやった。

目の前にいる同じ人物でも、「楽しい」「悲しい」の気待ちの違いで、氣の感じが違ってくることをトンレンで受けてもらった。

またある人にはマスターヨーガ、内丹法の違いで氣の感じ、分かりやすさが違ってる。ってのも受けてもらった。

あるかたは、最初にトンレンしたときからずっと五番チャクラのところに違和感があったので、その辺の事情を伺いながら呼吸法の用途や面白さなどを紹介した。

イタリアから帰国して久しぶりにトンレンさせてもらったYさんは、前回トンレンさせてもらった時の優しさに加えてほんのりたくましさが加わっていた。葛藤したり模索したり、いいものをどんどん観て経験してる感じがする。活き活きとぐんぐんと伸びやかに。苦しさも嬉しさもひっくるめて栄養になってる若さって、ピチピチしてて凄いなぁ。って思った。

 

どのかたとのトンレンも、スッと感じるひとかたまりの状態を言葉に変換して出す。自分の言葉は上等ではないけれど、以前に比べて時間もかからず相手の想いに近づけてるような、そんな会話ができた。限られた時間内であればあるほど、この状態ってのは引き出されるのかぁ。それとも単にやり易かったのかなぁ。

 

大変にお疲れなのに、会場で過ごして下さったかたもいらしたり、それぞれが色んな形で始まったり進んだり模索してるのを見せてもらった。参加くださった皆様、ありがとうございました。

 

 

 

おちつけ

さっきまで木村先生との遠隔レッスンを受けていた。

たいていは、いま習ってる呼吸法を一緒にやりながら、自分の氣の内圧の変化や意識レベルの状態をチェックしながらやる。

ほかの生徒さんの遠隔レッスンが、どんな感じなのかはよくわからないけど、自分の場合は退陰符をするとき、ガーッと意識が下がってくし、手と足もと周りの氣の厚みが増してくる感じがする。

木村先生が、向こうで氣をどんどん下げるの手伝ってくれてるから、こんなふうに体感があるのだ。

 

この、意識レベルの下がる感じとか、体の部位によって氣の厚みが違う感覚だとかをよーく覚えておく。

瞑想したいときは、意識レベルを調整する必要があるから、呼吸法で下げてく。

手や足に、重たいような、ピリピリしたような、あったかいような氣の厚みが増してくると、リラックスできるし、スッと安定した気持ちになる。この状態で寝るのはすごくいい。

 

毎回のレッスンのときには必ず行う退陰符だから、今日はあんまり上手に出来なかったな。とか、今日はかなり意識が下がったなぁ。とか、なんで今日は出来なかったのか?なんで今日はうまく下がったのか?データを集められる。

 

呼吸法ってのは、発電するやつが一番目立つし、やってるぞ感もあるからどんどんやっちゃうんだけど、実際は退陰符だとかのように下げて調整ができること、あたりまえのことだけどすごく重要。

自分がいま、どんな状態で、どんなふうに変えていきたいのか、どうなりたいのか。に合わせて、使いこなしていくためには、大切なことだよ。

 

空回りとか、ガチャガチャしてるっぽいときは、退陰符、内観瞑想、ちゃんとできてるか?をチェックする。

 

 

 

ゆうがたの天気

・軽食に作ったスコーンは、有機国産薄力粉、強力粉、ココナッツファイン、アルミニウムフリーのベーキングパウダー、塩をふんわり混ぜておく。

オリーブオイルを入れてサラサラになるまで擦り合わせる。

豆乳とメープルシロップを予め混ぜておいたものを加えてスプーンで4回くらい軽く混ぜてドライプルーンとカカオニブを投入。

ザクザク切るように2回くらい混ぜたら平らに広げて半分にカットして重ねてを計4回繰り返してから分割してオーブンで焼く。

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何年も前から、何度も作ってるから計量するグラムも暗記してる。作ろうと思って、ボウルと計りを用意するところから、頭の中はスーンと静かになって一種の瞑想状態みたいになる。

スコーンを作るとき以外でも、例えばちょっとだけ繕い物をしながら糸と針を使ってるとき、洗濯物をハンガーや洗濯ロープに干すとき、行き慣れた公園の道を歩いてるときや、人も自動車も通らなくなった明け方や深夜の帰り道もこうなるし、呼吸法を始めると直ぐにこの状態に持っていける。

 

・今日は夕方ごろから北風が吹いている。

空の高いところ、低いところ、建物に吹き付けて、隙間を通りすぎるときの空気の音が色んなところでする。

ベランダに立ってると、北からコーコー吹いてきて、冷凍庫の中に顔を突っ込んだ時みたいな、湿気と乾燥と冷んやりしたのの混ざったような、冷たいのにどこか春風のようなソワソワするところもある、そんな空気。

これ、いいなぁ。凄く好みだ。

 

・昨日は職場で、朝から残業の晩まで色んなことがあった。その時々の自分の態度とゆーか、リアクションが、周りの人たちにどのように繋がって変化しているのか、いくつものシーンで観察できた。

複数の人たちが、それぞれの思惑で動く中で、自分は刺したり押さえたり、かき混ぜたり引っ張ったりした。面白い。実に面白かった。

うまく言えないけど、脚本を何度か読み終えたあとの演技とゆーか、ここはこれぐらいのテンションで。とか、このシーンはもうちょっとオーバーに動く。だとかもう既に知ってるみたいな感じがした。

読めた感覚、場の雰囲気、足りないところは足して、少ないところは埋めて、モニモニ柔らかく捏ねて膨らんでく。あー、木村先生、トンレンして自分の個性を変化し対応して、陰陽がしっくりしだすと、皆んな活き活きするんですね。すごく面白いです‼︎って思った。

 

心はスーンとしてるけど軽やかな高揚感はずっと続いた。

春風と北風が混ざってるような、湿ってるのに乾いてるような、活き活きと静まり返った不思議な感じ。この感覚は、まるで自分の魂をトンレンしたときと同じだ。